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ローレンスウォンのwikiプロフィール!家族構成や両親とのエピソードは?

近年注目度が上がってきている、

マレーシア出身の俳優ローレンスウォン(王冠逸)さんをご存知でしょうか。

ドラマ「瓔珞〜紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃〜」での海蘭察役で有名です。

今回はローレンスウォンさんのwikiプロフィールや、

彼の家族とのエピソードについて見ていきたいと思います。

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ローレンスウォン(王冠逸)のwikiプロフィール!

ローレンスウォンのプロフィールhttps://baike.baidu.com/item/王冠逸

マレーシア、シンガポール、中国で活躍している

マレーシア生まれの俳優、ローレンスウォンさんの

wikiプロフィールについて見ていきましょう。

 

ローレンスウォンさんのプロフィールや経歴からは、

彼がここ数年で力をつけてきた俳優であることがわかります。

ローレンスウォンのwikiプロフィール

  • 名前:ロー・レンスウォン(王冠逸)
  • 英語名:Lawrence Wong
  • 别名:大嘴猴
  • 国籍:シンガポール
  • 出生地:マレーシア
  • 誕生日:1988年8月5日
  • 星座:しし座
  • 身長:178cm
  • 体重:70kg
  • 学歴:皇家墨尔本理工大学
  • 職業:俳優、歌手、司会者

ローレンスウォンさんは1988年にマレーシアで生まれます。

幼い頃から弟とよく任侠ものの映画などを見ており、

映画に興味があったようですね。

 

また、ローレンスウォンさんは日本とも関係があるようです。

日本のある会社は、男性グループを作って、アルバムを出そうとしていたようです。

そのグループに、19歳のローレンスウォンさんも参加しようと思って日本へ渡り

トレーニングを受けていたそうです。

 

ですが会社が、一人の女性歌手のために資金を使ってしまい、

アルバムを出すという計画は実現しませんでした。

ローレンスウォンさんは2年ほど日本で活動していたようですが、

かなり厳しい環境だったようです。

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ロー・レンスウォンの経歴

その後、ローレンスウォンさんは芸能人になるという目標を諦めず、

2009年に映画「向日葵的約定」に出演し、デビューを果たしました。

 

2013年に出演した映画「聚寶盆續集」では、

ゴールデンビジュアルアワード最優秀俳優賞にノミネートされました。

 

その後もいろいろな映画やドラマに出演し続け、

2018年には4つの賞を受賞しています。

https://baike.baidu.com/item/王冠逸

2018年に獲得したのは、

  • ゴールデンオークアワードアジア新鋭役者賞
  • 中国アメリカテレビセレモニー年度最優秀俳優賞
  • 中国トレンド力年度話題男性芸能人賞
  • スターハブナイトオブスターズ飛躍大賞

この4つです。

 

2019年には、

LikeTCCAsiaアジア太平洋地区が選ぶ最もかっこいい100人中の91位にランクインしました。

 

このように、ローレンスウォンさんはデビューして10年少しですが、

近年めきめきと頭角を表してきている俳優の一人と言えるでしょう。

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ローレンスウォン(王冠逸)の家族構成は?

ローレンスウォンのプロフィールhttps://baike.baidu.com/item/王冠逸

ロー・レンスウォンの家族構成

ローレンスウォンさんの家族構成について見ていきましょう。

  • 母(2016年他界)
  • ロー・レンスウォン

ローレンスウォンさんには、少なくとも弟と妹がいるようです。

 

そしてお父さんがマレーシアにいるということです。

ローレンスウォンのプロフィール画像引用元:https://www.sohu.com/

こちらの画像はローレンスウォンさんと父親。

家族で唯一、顔出ししているのは父親です。

 

ローレンスウォンのお母さんについてですが、

残念ながら2016年に亡くなっているようです。

これがローレンスウォンの家族構成です。

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母親が他界した年はロー・レンスウォンも大変だった

お母さんが亡くなった2016年は、

ローレンスウォンさんにとっても大変な年だったようです。

 

その年、ローレンスウォンさんは頭痛がするので病院で検査を受けたところ、

脳に腫瘍が見つかり、手術をしなければなりませんでした。

その手術の準備期間中に、 母の急死を知らされたそうです。

 

お母さんは、ずっと

ロー・レンスウォンさんのやりたいことを応援してくれていたようで、

1番の心の支えと言っても過言ではない存在でしょう。

 

それで、2018年に第14回中国アメリカ映画セレモニーにて

最優秀俳優賞を受賞した際、こうコメントしています。

「媽,我又得獎了,第14屆中美電視節《年度最佳男配角》。希望你看得到,也為我感到驕傲。」

https://www.orientalsunday.hk/ 引用

日本語に訳すと、

「お母さん、また受賞できました。第14回中国アメリカ映画セレモニーの年度最優秀俳優賞です。見てくれてたらいいな。そして、僕を誇りに思ってくれたら嬉しいです。」

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ロー・レンスウォンの気がかりは父と妹

ローレンスウォンさんが今気にかかっているのは、

故郷マレーシアにいる高齢の父親とまだ若い妹のようです。

 

仕事の関係上、そばにいることが出来ないのを気にしているのかも知れません。

それで、家族に感謝してこう話しています。

“还好他们明白我的工作,都希望我往更好的方面发展”。

https://www.8world.com/ 引用

日本語に訳すと、

「お父さんたちが僕の仕事のことを理解してくれていてよかったです。みんな、僕の仕事がうまくいくことを願ってくれています。」

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ロー・レンスウォンの弟は結婚してる

また、弟は結婚しており、

すでに自分の家庭があるようです。

 

それでローレンスウォンさんは、

自分には結婚するようにというプレッシャーがなくて済んでいる

と笑って話しています。

 

ここまで、ローレンスウォンさんの家族構成について紹介してきました。

ローレンスウォンさんが仕事に集中できるように、

家族が見えないところで応援してくれているのが分かります。

 

そして、ローレンスウォンさんもそれをちゃんと理解して、

家族に感謝しています。

温かい家族ですね。

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ローレンスウォン(王冠逸)と両親のエピソードは?

ローレンスウォンのプロフィール画像引用元:Twitter

ローレンスウォンさんと両親のエピソードについても見ていきましょう。

両親は教育熱心

ローレンスウォンさんの両親はとても教育熱心だったようです。

そんな両親を持つローレンスウォンさんが芸能界デビューするまでには、

いろいろなエピソードがありそうです。

 

ローレンスウォンさんは、

今もマレーシア、シンガポール、中国と国を跨いだ活躍をしていますが、

小さい頃からの教育環境も国際的なものでした。

ローレンスウォンのプロフィール画像引用元:https://www.sohu.com/

両親はローレンスウォンさんに英語を話せるようになって欲しいと願っていたようです。

それで、マレーシアの学校ではなく、シンガポールの学校に通っていました。

シンガポールまで、国境を超えて学校に通うために、毎日4時に起きていたそうです。

 

しかし、こうした学校生活はローレンスウォンにとって、

あまり楽しいものではなかったようです。

インタビューで当時の心境について、

「整個小學過程都不開心,經常被其他同學欺負,放學都是一個人,從小學升上中學對讀書更沒有興趣,因為很早起牀,睡眠不足,每天上課都在睡覺,當時我的皮膚很白,記得有個老師懷疑我吸毒,我氣得幾乎和他打起來,為這件事學校還要見家長,父母為我非常操心。」

https://www.mpweekly.com/ 引用

日本語に訳すと、

「小学校は何もかも楽しくなかった。

いつもクラスメートにからかわれて、放課後はいつも一人だった。

 

小学校から中学校に上がってからは、勉強が更に面白くなくなった。

早く起きなきゃいけなくて、睡眠不足だったから、毎日授業で居眠りしてた。

 

ある先生に、僕の肌の色が白いっていう理由で、薬物を使ってるって疑われたことは今でも覚えてるよ。

僕は怒って殴りかかっちゃったんだ。

それで、親は学校側と面談しなきゃいけなくなって、両親には本当に心配をかけたんだ。」

と、辛かった心境をコメントしていました。

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両親の応援

ローレンスウォンさんは、髪を切りに行った時、

その店でモデル募集の広告を見つけます

勉強することに全く興味がなかったローレンスウォンさんは、

すぐにこの募集に応じたようです。

 

19歳の時に日本でデビューできるかもしれないという話があり、

2年日本でトレーニングを受けます。

最終的にその話はなくなり、マレーシアに帰ってくることになります。

ローレンスウォンのプロフィール画像引用元:https://www.sohu.com/

日本での2年はかなり辛い経験もしたようですが、

母が応援してくれたことがローレンスウォンさんの支えになっていました。

「我去日本發展爸爸當然不同意,但媽媽卻支持我做自己喜歡的事,我不想令媽媽擔心和失望」

https://www.mpweekly.com/ 引用

日本語に訳すと、

「僕が日本へ行くことに対して、父はもちろん反対だったんだけど、

母は”好きなことをやりなさい”と応援してくれたんだ。

僕はそんな母を心配させたくなかったし、がっかりもさせたくなかった。」

と、インタビューでコメント。

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日本での挫折で両親のもとへ

日本でデビューすることはできませんでしたが、

この経験により、ローレンスウォンさんの考え方が大きく変わりました。

 

役者として成功するためには知識が必要で、

そのためには勉強しないといけないと思ったそうです。

ローレンスウォンのプロフィール画像引用元:Twitter

それでローレンスウォンさんは、

日本から帰って、まず父に「勉強がしたい」と話します

 

あれだけ勉強が嫌いだった息子から、勉強がしたいと言われて、

お父さんはどう思ったのでしょうか。

 

インタビューで、当時の父についてこのように答えていました。

「我還記得爸爸一臉愕然的樣子,以前他軟硬兼施要我讀書,我情願死都不肯讀,去完日本竟然主動說要讀書,他以為自己聽錯了,那時候只要我肯讀書他高興到不得了。」

https://www.mpweekly.com/ 引用

日本語に訳すと、

「父がものすごくびっくりしていたことをよく覚えています。

以前父は、ありとあらゆる方法で僕に勉強させようとしていました。

父がどんなに勉強するように言っていても、当時の僕は全く聞き入れなかったんです。

そんな僕が日本から帰ってきて、自分から勉強したいなんて言ったから、父は最初、聞き間違いかと思ったみたいです。

僕が勉強することについて、父は嬉しくてたまらなかったみたいです。」

その後、ローレンスウォンさんは、

オーストラリアのメルボルンで一生懸命勉強し、

ロイヤルメルボルン大学に合格します。

 

大学卒業後、ローレンスウォンさんが、

シンガポールなどの芸能界で活躍しているのはご存知の通りです。

ローレンスウォンのプロフィール画像引用元:https://www.sohu.com/

ローレンスウォンさんがデビューするまでの、

両親とのエピソードについて紹介してきました。

 

人生でやりたいことを見つけられると、大きな原動力になりますよね。

やりたいことのために努力を続けたローレンスウォンさんを見ても、

それぞれの方法で応援し続けた両親を見ても、素敵な家族だなと思います。

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まとめ

日本とも意外な繋がりがあったローレンスウォンさん、

家族の応援となきお母さんへの想いを原動力にこれからのさらなる活躍を期待したいですね。

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